東京~小倉 普通列車20時間の旅

まず最初におことわりする。私はてっきり現行ダイヤでは、起点を品川駅とする必要があるものと思い込んでいた。ところが、実際には東京駅を起点とすることができたらしい。大差ないような気もするが、タクシー代が随分勿体なかった。この件については複雑だから、記事の末尾に当日朝の様子を記すことにした。

普通列車20時間の旅

5/17、午前4時30分。品川駅、港南口に到着した。

ここから、東海道本線、山陽本線を乗り継いで九州へ向かう。到着は翌日未明、0時5分。新幹線の利用を一切禁止したルールで行くことにした。つまり、青春18きっぷと同じである。ただし、今日は青春18きっぷの利用期間ではないから、通常の乗車券を購入した。何年か前から、東京ー小倉間を1日で移動できるようになったそうで、私も今回挑戦してみることにしたのであった。所要時間は19時間30分である。

行程

ここで、今回の行程を一覧にしておくことにする。ただし、これは2019年5月現在のダイヤであることに十分注意されたい。
基本的に、XX:XX(到着時刻)-YY:YY(出発時刻)の形式で表す。

品川 4:35 東海道本線(以下同じ)熱海行き

熱海 6:16-19 島田行き

沼津 6:39-56 ホームライナー静岡1号

静岡 7:38-56 浜松行き
※浜松で豊橋行きになる

豊橋 9:45-50 新快速 大垣行き

大垣 11:18-42 米原行き

米原 12:17-20 新快速 姫路行き

姫路 14:47-15:03 山陽本線(以下同じ)播州赤穂行き

相生 15:23-25 糸崎行き

糸崎 18:04-29 徳山行き

徳山 21:57-59 下関行き

下関 23:50-51 小倉行き

小倉 0:05

JR東日本管内

乗り込む列車は5分後、4:35発。品川時点での乗客はまばらだが、私の経験上、朝の東海道本線は上下方向にラッシュがあって、大船あたりから熱海まで混雑がひどい。熱海まではグリーン車で行くことにした。
流石にグリーン車の乗客は少ない。

女性アテンダントの検札を受けた。後から男性の警備員もついてくる。早朝夜間は、グリーンアテンダントをおかしな乗客から守るために、警備員がついていくのだ。

早川駅~根府川駅ではサンライズ号とすれ違い、その後の根府川では、185系の回送電車が停まっているのを見た。湘南ライナーの運用に入れるための送り込みである。東海道の朝は早い。日も随分高くなって、海がまぶしく照らされていた。

JR東海管内

熱海に到着。乗り換えの島田行きの乗客は最初少なかったが、車内に入ったときは殆んどの座席が埋まっていた。乗り換え客が多かったようだ。熱海に朝っぱらから用のある人はいないだろうが、三島・沼津は別である。

丹那トンネルを抜けて、沼津で下車。これは、6:56発の有料快速、ホームライナー静岡1号に乗るためである。特急車両373系による運行で、静岡までの停車駅は富士、清水、静岡のみ。特急と停車駅が変わらない、大変便利な列車だ。ホームライナーに乗っても乗らなくても、到着時間に差はないが、朝の混雑からたった320円で逃れることができるので、乗らない手はなかった。列車内では、この早朝から営業していた売店で購入した、沼津駅名物の鯵寿司(1,000円)を味わった。富士川を渡るとき、雲ひとつ無い青空に、まだかなりの雪を被った富士山が見えた。

ホームライナーが小倉まで行ってくれればいいのだが、そういう訳にはいかず、40分足らずで静岡に到着。途中で追い抜かした普通浜松行きを待って乗り込んだ。混雑してはいたが、6両編成であることも手伝い、辛いとは思わなかった。藤枝で多くの下車があり、悪くない席に座ることもできた。大井川を渡ると、私の好きな茶畑の車窓がある。新茶の時期はもう終わったが、何にせよ見事な丘陵である。島田駅から金谷駅まで、立ち上がって運転台の後ろで前面の車窓を見た。

浜松には9時ごろ到着。乗り換えだと思っていたら、この列車はそのまま豊橋行きになるという。ただし、後ろ3両を切り離して3両編成へ短縮とのことであった。後ろから乗客が移って来るのではと思ったが、下車客が多いので混み具合はかなり落ち着いた。211系にはトイレがないから、浜松での停車時間に済ませておくことにした。今考えると、景気づけにうなぎ弁当でも買い込むべきだった。

ほどなくして豊橋に到着。40分ぐらいかかるはずだが、20時間の旅に向けて体内時計は切り替わっており、ほんの一時であった。

この駅からは新快速に乗り換え。コンビニ、ベルマートでは名物を扱っているが素通りした。新快速電車に乗り込み、名古屋へ向かう。本当は名古屋で降りる必要はないが、時間に余裕があるので、ホームできしめんを食べようと思ったのである。ところが、豊橋を出ても一更に加速せず、10キロぐらいでモタモタとしている。どうも、並走する名鉄の「パノラマスーパー」もそうらしい。踏切で何らかの異常があったのか、警戒しながら進んでいた。この一件で列車は4分遅れた。

ところで本日は3時台の起床であり、流石に眠りたくなった。こういうときは、動画編集に取りかかるとすぐに眠くなる。実際、5分ほどで猛烈に眠くなり、目が覚めたら名古屋市内、金山であった。豊橋から名古屋まで、10分ほどにしか感じなかった。

金山駅の時点で列車の遅延は2分まで回復したが、名古屋手前でまたも徐行を強いられ、6分に増大した。名古屋で降りても10分ほどしか時間がなく、次の列車までにきしめんを食べきれないかもしれないし、味わう時間は確実にない。また、次の列車も遅れて、万が一大垣から先の行程に影響が出れば大事である。ここは、名古屋をスルーし大垣へ先行することにした。名古屋で新快速電車の乗客はかなり減った。

結局大垣にも延着したが、それでも次の列車、11:42発米原行きまで15分ぐらいはあった。一旦改札を出て途中下車。駅前のお菓子屋に向かう。大垣の名物は名水から作られる水まんじゅうで、これは夏の時期だけ出る売れ筋である。おちょこに水を入れて、氷と水まんじゅうを浮かべる。葛が嫌いでなければ絶品のはずで、お勧めしたい品だ。道中でもまた食べるため、3個入りパックも買った。

米原行き普通列車も少し遅れて発車。大垣~米原間は昼間、4両での運転が多い。18きっぷのシーズンはかなり混雑するが、今日はガラガラだった。東海道本線の利用者は、休みの時期になると列車が大混雑するから、青春18きっぷを熱烈に恨んでいるのではないか。途中、柏原、近江長岡、醒ヶ井の3駅連続で貨物列車を追い抜いた。

JR西日本管内

米原に到着。この駅からゴール直前の下関まで、JR西日本の長旅である。正午をまわりはしたが、まだ半分も来ていない。しかし、しばらくはハイペースが続く。新快速電車、姫路行き。滋賀、京都、大阪、兵庫と一気に抜けきって、姫路に向かう。

この区間は特に通いなれていて、今さら大した感想もない。ただ、今回もまた北陸線の遅れを引きずったり、大阪駅で急病人の救護をしたりで、数分の遅れを持ちながら走っていた。はじめに米原駅で12両の車内を一巡したが、大阪寄りの先頭車が最も空いていたようだ。その車両にはトイレがついていて、とにかく臭かった。知らぬ間に神戸を過ぎ、山陽本線に切り替わっていた。

姫路には何だかんだでほぼ定刻の到着。菓子パンや水まんじゅうで誤魔化してきたが、流石に空腹である。姫路駅構内の吉野家で豚丼を食べるのが、わが貧乏時代の恒例であった。これを懐かしみながら、牛丼の並盛を注文。水をかけて冷やし、すぐに食べて、15時ちょうどに店を出た。

播州赤穂行き、普通電車で相生まで。最初は少し混んでいて、ドアー横の補助椅子に掛けたが、網干を過ぎると席は選び放題である。

それもすぐに相生で降りて、いよいよ間っ黄色の115系と対面。まさに、ミスター山陽本線である。ボロいだの、末期色だの、さんざんの言われようだが、リニューアルされているから実は中々快適な乗り心地で、少なくともJR東日本のE231系あたりよりは良い。この電車に乗って、広島県は糸崎まで。乗車時間は3時間を超す。私は2人がけの席に座っていたはずなのだが、寝ている間に誰かが座席を転換したようで、岡山につく頃にはボックス状態になっていた。なお、東岡山駅にて踏切の非常停止ボタンが押されたとかで、この列車もまた数分遅延した。豊橋以降すべての列車が遅延している。それも岡山駅までで、岡山の停車時間を短縮した列車は、定時運行に復帰した。高校生の帰宅時間が始まり、車内は満員になったが、笠岡のあたりで落ち着き、福山からはガラガラだった。
瀬戸田の造船所に見とれていると尾道に着く。明石のあたりで一度海岸が見えたが、それ以来の瀬戸内海。見事な眺めに心を奪われ、尾道駅で降りるのを忘れてしまった。18:04、糸崎に到着。向かいのホームから、視聴者の方が駆けてきて、一声挨拶してくれた。握手ぐらいするべきだった。

姫路以来、3時間ぶりの解放で、しかも25分も待ち時間があるが、あいにく糸崎駅前にこれといって訪れるような場所はない。とりあえずトイレに行ったら、未だに汲み取り式であった。往年の特急停車駅、まさか、ボットン便所だったとは。ともかくそれをきっかけに、この駅がかなり古びていることに気づいた。戦前のものであることは明らかだったが、後で調べたら何と大正11年竣工で、築97年を数えるそうである。糸崎機関区を併設したこの駅は、広大な留置線を持ち、現在でも運行の一大拠点だが、昔の活躍ぶりは今の比較にならない。昭和40年代、山陽新幹線の開業前は、殆んど全ての特急、急行が停車する主要駅で、夜間も多数の列車が発着。売店は24時間営業していたという。今も乗り換え客でホームが賑わうが、改札を通る人はそれほど多くなく、どこかのんびりして見える。長いホームが昔のように使われることはもうないだろう。18:29発、新型227系に乗り、糸崎を後にした。この待ち時間に、駅前のコンビニで広島風お好み焼きを調達し、それを温めないでこっそり食べ、夕飯としたことも記しておく。

この列車のなかで、ついに日の光を失うことになった。汽車旅の楽しみの9割方は車窓にある。つまり、暗くなると1割しか残らない。ギリギリ明かりの残っているうちに、急勾配、セノハチを通過して広島市内に入った。町の灯りが賑やかならば、いくら暗くても差し支えない。しかし、広島を過ぎると何もかも見えなくなるわけで、どのような方法によっても、これを楽しいと感じることは不可能と思われた。要するにつまらない。仕方がないのでブログの執筆にかかることにした。この記事はこのようにして書き進められたものである。今、私は宇部駅の手前まで来ている。よい暇潰しになったが、もうすでにこの時点で起床から19時間経っているので、多少の粗相は御免願いたい。広島から徳山までの約2時間を、長いとは思わなかったが、海が見えないことが心残りだった。周防大島が簡単なネオンサインを灯してくれていたのが幸いである。

徳山に着いて、いよいよラストスパートという感じがするが、まだ2時間はかかる。座席のフカフカな、2ドアタイプの115系が私の列車を待っていた。僅か2分の接続ですぐに発車してしまう。山陽本線は全般的に接続が良すぎていけない。乗り換えは我々長距離ランナーにとって休憩でもあるのだが、直通列車、良好な接続がこうも続くと引きこもっている気分だ。21:59、定刻に発車。最後尾の車両はほどほどの混雑で、窓側はすべて埋まっていたのだが、隣の車両はだいぶ空いていた。この座席は通常より幅広のようだが、足元に暖房機器があるのは辛い。前の座席の下に空洞があれば、足をのびのびと伸ばすことができるが、このタイプではそれはできない。多少の狭苦しさを感じつつ、モーターの音を聞きながらこのブログを書いた。広島から書き始め、厚狭まで、途中眠りながら4時間書き続けている。筆の進みは良好だが、記事にするだけでこれほど長くかかるほどの長旅らしい。

宇部を過ぎた頃にはいよいよ乗客がゼロに近くなった。隣の号車は前よりに1人乗っているだけのようだ。後ろよりに陣取って、窓を全開にする。岡山地区の115系は、窓が開かないよう改造されているが、山口県内では開くものが多い。MT54という古いモーターの爆音が飛び込んできた。気温もずいぶん下がったようで、外から田舎の香りがしてくる。夜になると外が見えなくなるのは、車内の照明が明るすぎてガラスに反射するからである。そのガラスが取り除かれた今、再び車窓の楽しみを取り戻すことになった。モーターの唸りと清風のおまけつきである。お陰でかなり時間の流れが早まり、あっという間に下関に着いた。到着前、編成が大きく右にカーブを描き、先頭車両のまぶしいヘッドランプが、行く先を頼もしく照らしているのが見えた。23:50、本州とJR西日本の西端、下関に到着。無慈悲なことに接続の時間はわずかに1分である。もう少しだけ、ホームで旅愁に浸りたいのだが、最終列車のベルにだけは歯向かうことができない。23:51、最終列車も時刻どおり発車して、関門トンネルへ向かった。

JR九州管内

「本日もJR九州をご利用くださいましてありがとうございます。」この駅から、山陽本線はJR九州の管轄となる。関門の結び付きは強く、最終列車にも少なくない乗客が慣れた様子で乗っていた。関門トンネルはそれほど長くないし、さしたる見所があるわけでもなく、割と淡々としたトンネルで、私自身通い慣れている。トンネルを抜け、九州に入ることも別段特別なイベントではなく、この列車の乗客のように、毎日海峡を超える通勤客も多いだろう。気づかぬうちにトンネルを抜け、列車は門司に着いた。どうも、なんだかホームが賑やかな気がした。次が終点の小倉である。時刻は0時を回った。

深夜に小倉駅に着くのは慣れている。少し遅れての到着だったと記憶している。感動的な到着となるはずだったが、驚きの光景が広がっていた。私はこれまでにも何度か、関門区間の終電車に乗ったことがあるのだが、小倉駅到着時は既にすべての列車の運転が終了していて、静まり返っているのが常である。ところが、今回は向かいのホームに行橋行き普通列車が、乗客を満載して停車しているのみならず、門司港行きの快速電車もまだまだ続くようで、小倉駅は異常な賑わいを見せていた。
後でわかったことだが、この日、博多駅の一つ隣の竹下駅にて人身事故があったそうだ。鹿児島線はかなりの影響を受けていた。なんでも、23時頃出発する大分行き「ソニック」は2時間遅れているらしい。なんならもう1試合、ソニックに乗り換えて、更に先を目指すのも面白いと思ったが、そもそも私は明日、福岡で用事があるのでそれは断念した。というより、その用事が私を引き留めてくれたと言った方が適切かもしれない。

風が強まる中、駅前のホテルにチェックイン。外観は古いが中は改装されていた。まだまだ元気なつもりだったが、ベッドに横たわった瞬間から先の記憶はない。

東京駅起点

(ここからは、当日朝に私がやらかした勘違いについて描写する。)

5月17日は午前3時45分に目覚ましをセットした。時間通りに起きて、歯を磨き、予約しておいたタクシーに乗って、4時ちょうどに出発。準備は前の日のうちに済ませておいた。

目的地は東京駅、丸の内口。4:50発の山手線に乗る予定である。

しかし、ふと心配になって乗り換え案内アプリを見た。本当に東京駅からで合っているのだろうか?早朝の東海道本線は品川始発で、東京駅には乗り入れない。私の記憶によれば、熱海駅の出発は6:19でなければならないはずだった。しかし、東京駅から山手線で品川へ移動すると、4:35発、東海道本線の始発電車には間に合わず、次の5:10発になって、熱海到着は6:45着だという。まちがえた!大慌てで運転手さんに、品川行きへの変更を依頼。幸い時間には余裕があったため、4:35の始発電車、熱海行きには間に合いそうだった。

ところが、間違えたと思ったことが間違いだったのである。品川駅までタクシーで向かえば、30分早く出発できることは間違いないのだが、結局この先の接続ダイヤの兼ね合いで、岐阜県の大垣から同じ行程になるのだった。私はこのことに広島で気がついた。遅れた訳ではないし、東京駅~品川駅の僅かな区間など取るに足らないのだが、タクシー代は5000円ぐらい余分に払ってしまった。また、どうせなら始発駅は東京駅にしたかった気もする。

このような訳で、この旅の起点は品川駅となったのである。
以下に、東京駅を起点とした場合の乗り継ぎを記しておく。

東京駅を起点とした場合の行程

東京 04:50 山手線外回り

品川 05:02-10 東海道線(以下同じ)小田原行き

小田原 06:21-22 熱海行き
※小田原06:22発熱海行きは、東海道本線東京口で唯一見られる5両編成の列車である。とんでもなく混雑していると思われ、グリーン車は無いから覚悟してほしい。

熱海 06:45-49 浜松行き
※東京から乗り継ぐ場合、ホームライナー静岡1号には間に合わない。

浜松 09:18-24 豊橋行き

豊橋 09:57-1002 新快速大垣行き

大垣 11:32 以下同じ

解説動画

より詳しい解説は次の動画をご覧いただきたい。

2 件のコメント

  • 最長往復切符の旅のような、一日の列車本数が少ない路線を
    経由するため乗り継ぎ時間が長くなる旅もたいへんですが、
    品川小倉在来線旅のような乗り継ぎ時間が短い旅は、
    それはそれでたいへんだと思いました。

  • 東京(品川)から九州(小倉)まで1日で行ける!
    丸1日仕事ですが、青春18きっぷで一度行ってみたい行程です(ノ´∀`*)
    関西からなので、スーツ君よりは楽かな~(;´∀`)
    本当に鉄旅ビギナーにとって、スーツ君の動画や詳しく文章に起こして下さっているブログは役に立ちます♪

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